◆ 4. ライジングカウンター 〜Infinity〜




 この広いコートにたって改めて感じることがある。

 開催地特別枠という形で掴んだ…いや、棚から牡丹餅とでも言おうか。自ら勝ち取ったものじゃなくても、心無い言葉で打たれたとしても、とにかくこのチャンス、俺等は勝利という栄光だけを目指して此処に居る。
 無駄になんかしてたまるか。
 負けは許されない──それは都大会という場で身が染みるほど実感したことだ。今回だけじゃない、今後も敗けた試合をするつもりは毛頭無い。特に精神的な意味では。
 これからとてつもない強敵と腕を交えることもあるだろう。勝てない相手もたくさん居るだろう。負けから得るものも少なくないことは知っている。
 だからこそ、点数で負けても人間では負けてはいけない。負け犬は、コートに必要ないのだから。
 相手を舐めてかかるということがどんなに愚かな事か、あのころの俺は知らなかった。勿論自身の勝利に自信を持つのは良い事だが、豪胆と慢心はやはり違う。
 どんな不利なときもうろたえない。それと同時に、どんな有利なときも油断してはいけない。それで隙など見せた日には、もう負けは見えている。

 ちらりと相手に目をやる。顔つきからして、お情けで出場させてもらったウチに負けるわけないとか思ってるんだろうな。
 ……まあ気持ちがわからないでもないが。事実だし。
 でも、その姿が以前の俺と重なるようだった。聞いたこともない学校との試合、負けるわけが無いと高をくくって知らずうちに手を抜いた、あの時の俺と。
 ……痛い、な。

「いっつ」
 突如腹にズキンと痛みが走る。思わず声が漏れた。
「大丈夫ですか?」
 すかさず隣にいる相棒が声をかけてくれる。心配そうに覗きこんだ彼の情けない顔を見て、笑顔を向けてやった。強がりではない。本当に、大丈夫。
「ああ、古傷が痛んだだけだ」
 お前が気にすんじゃねーよ、と軽口をたたきながら背中を蹴ったら、痛いですよといいながら後輩は笑った。

 今日みたいに雨が降りそうな日には、完治したとはいえ傷が痛む。
 一部の連中に、これ見よがしに傷なんか作りやがって、コーチに媚びてるんじゃないか、といった言われ方をされたりもした。が、そんなわけじゃない。傷(コレ)は、頑張ったその結果だと今の俺は思っている。そして同時に、長太郎に無茶させた報いだとも。
 この傷と引き換えに得た、いろいろなもの。
 いっそのこと、痕が残ればいいとすら思っていた。いわば、勲章のようなものだから。
 古傷。そう呼ぶには、その頃の出来事をそう消化するにはまだ尚早な気はする。傷を勲章と呼んでいいのは、幾つもの死線を潜り抜けた歴戦の勇士程になってからだ。

「宍戸さん」
「ん?」
「絶対勝ちましょうね」
 声に震えや迷いはなかった。
「ばーか、言われなくとも全試合全勝に決まってんだろ」
 今はこの広いコートに信じられる仲間がいる。
 彼のサーブを信じて、走り出すのに迷いはなく、ここだと確信した場所にライジングカウンターを叩き込むことが出来る。
 他の誰にも真似出来ない、俺のカウンター。
 もっと、もっと早く打てるように。彼のサーブに恥じないように。
 ただ、走る。ただ、打つ。ただ、力を出し尽くせばいい。
 これが俺等のスタイル。誰にも邪魔はさせない。
 例えどんな絶望が俺らに襲い掛かろうとも、自身が描いた野望が揺らぐことのないように。
 勲章を手にするに早いと判断されるならば、それに恥じない人物になればいいだけの話。  なに、難しいことじゃない。だって、 俺たちには、無限大の可能性が待っているのだから。


「氷帝宍戸・鳳ペアサービスプレイ!」
 アリーナに響き渡る歓声の中、審判の指示が飛ぶ。
「一発かましてやれよ」
「もちろん!」

 そして、俺たちの夏がまた始まる。



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ライジングカウンター 〜Infinity〜
作詞:近藤ナツコ / 作曲:たかはしごう / 編曲:たかはしごう

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2006.2.03初出
2007.5.07修正







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